一
西は、易の八卦では兌(だ)にあたる方位です。兌は沢や秋、夕暮れと結びつけられる卦とされ、一日のうちでは日が沈んでいく時間帯にあたります。八卦の並びのなかでは、東の震(芽吹きの方位)と対をなす位置にあるとされます。震が朝や春、成長のはじまりを象徴するのに対し、兌は実りを終えたあとの静けさを象徴する卦だとされています。一日の巡りでいえば、玄関を出て東に向かう朝と、西へ帰り着く夕方が、ちょうど対になる時間だといえます。
家相の古典が特に重い意味づけを与えてきたのは、鬼門・裏鬼門にあたる北東・南西と、日当たりのよさから好まれてきた南東・南です。兌にあたる西について、これらと同じ重さで論じる記述は、今回参照した典拠のなかには見当たりません。西は、方位そのものよりも、夕方まで日が差し込む方位として語られてきた面が大きいといえます。数ある方位のなかでも、西は比較的中立に近い扱いを受けてきた方位だといえます。避けるべき方位でも、積極的に選びたい方位でもない、いわば中間的な位置づけです。
二
西という方位が住まいで意識されてきたのは、なにより日没にかけて日射を長く受けるという、単純だけれど大きな理由からだと考えられます。朝から昼にかけて日陰になりやすい東向きの部屋とは反対に、西に面した開口部は、午後遅くから夕方まで光が入り続けます。この時間帯の長さは、季節や緯度によっても変わってきます。
この特徴は、季節によって印象が大きく変わります。冬は夕方まで部屋を暖めてくれる利点になりますが、夏は日没近くになっても強い日射と熱が残り続け、室内の温度を上げる原因になります。江戸期の住宅にとって、西日は明るさと熱の両方をもたらす、扱いの難しい方位だったと考えられます。障子や簾を用いた日よけの工夫も、こうした事情から生まれてきたと考えられています。西向きの部屋に濃い色の建具や暖簾を用いる工夫も、光と熱をやわらげる知恵のひとつだったとされます。
鬼門・裏鬼門のように「避けるべき方位」として体系立てて語られることは少なかったものの、西日の強さそのものは、当時の住まい手にとっても実感のともなう課題だったといえます。方位の吉凶という形ではなく、暮らしのなかの実感として語り継がれてきた面が大きい方位です。方位そのものの吉凶よりも、季節や時間帯による体感の変化として捉えられてきたといえるでしょう。
三
西に玄関が来る間取りには、いくつかの典型的な形があります。西側の道路に接する敷地では、道路付けの都合上、玄関を西に向けるのが自然な設計になります。とくに東西に長い敷地では、玄関の位置が西寄りにならざるを得ないことも少なくありません。
角地で西側と南側の両方に道路が接する敷地や、旗竿地で通路が西側に抜ける敷地でも、玄関が西に寄ることがあります。いずれも敷地の形と道路の位置から導かれた結果であり、設計として特別な配置ではありません。西向きの区画が多い分譲地では、同じような玄関配置がまとまって並ぶこともあります。道路計画の都合で、西向きの区画がまとまって生まれることもあります。建て売り住宅では、こうした区画に合わせて標準的な間取りが用意されることも珍しくありません。
四
現代の住まいで西の玄関を考えるうえで実際に効いてくるのは、なにより西日そのものです。午後から夕方にかけて日射が強く差し込むため、玄関ドアやポーチが熱を持ちやすく、真夏は帰宅時にドアが熱いと感じることもあります。玄関収納やシューズクロークが西側に面している場合、内部の温度も上がりやすくなります。
対処としては、庇や袖壁で直射日光をさえぎる、遮熱性のあるガラスやドア材を選ぶ、日よけになる植栽を配置するといった工夫が挙げられます。玄関まわりに熱と湿気がこもらないよう、風の通り道を確保しておくことも、古くから住まいで大切にされてきた発想と重なります。すでに完成した住宅でも、後付けの日よけやフィルムで対応できる範囲は少なくありません。落葉樹を選べば、夏は日陰をつくり、冬は光を通すという使い分けもできます。玄関ドアの素材や色を選ぶ際に、熱の吸収しやすさを考えておくのも実用的な工夫です。小さな工夫の積み重ねが、夏の帰宅時の快適さにつながります。
五
マドラバの無料診断で玄関の向きとして指摘の対象になるのは、鬼門・裏鬼門にあたる北東・南西の二方位だけです。兌(西)の玄関はこの対象に入りません。南東・南を好ましい向きとする判定も、無料診断ではなくAI完全版レポート(有料)で扱われる項目で、西の玄関はいずれにも当てはまりません。玄関の向きだけを理由に間取りを避ける必要はない、というのが実際のところです。
とはいえ、これは西の玄関なら間取り全体に問題がないという意味ではありません。水回りが北東や南西に重なっていれば南西の玄関のように別の指摘が加わりますし、建物の外形に西の欠けがあれば西の欠けのように、方位ごとに意味合いが変わってきます。夕方まで日が差し込む兌の玄関そのものより、周囲の部屋との位置関係のほうが、実際には重視すべき点だといえます。
六
古くは、西日の強い時間帯に熱と湿気がこもらないよう、風通しをよくしておくことが心がけられてきました。庇や日よけで直射日光をやわらげることも、あわせて大切にされてきたとされます。とくに夕方の帰宅時間帯は熱がこもりやすいため、意識して風を通す工夫が重ねられてきました。
自分の家がどこに注意すべきかは、西の向きよりも、水回りの位置や外形の欠けとの組み合わせで変わってきます。方位だけで判断せず、間取り全体を見ることが大切です。
七
易の八卦を方位に当てる考え方(後天定位盤)。北=坎、北東=艮、東=震、南東=巽、南=離、南西=坤、西=兌、北西=乾
江戸期の家相書(松浦東鶏『家相図解』ほか)に見られる建物外形の「張り・欠け」論
文献名までは特定していますが、原文・頁の照合は行っていません。表記を「〜に見られる」に留めているのはそのためです。
八
西は易の八卦で兌にあたり、沢や夕暮れと結びつけて語られることがあります。ただし鬼門・裏鬼門ほど重い意味づけで論じられる記述は、今回参照した典拠のなかには見当たらず、当サイトでは効果を断定せず紹介にとどめています。気になる方は、水回りや外形もあわせて確かめてみてください。
無料診断が玄関の向きとして扱うのは、鬼門・裏鬼門にあたる北東・南西のみです。南東・南を好ましい向きとする判定はAI完全版レポート(有料)の項目で、西の玄関はどちらにも含まれません。ただし水回りの位置や建物の外形の欠けはあわせて見ているため、全体の傾向はつかめます。
玄関まわりに熱がこもると、湿気も一緒に滞留しやすくなります。風の通り道を確保し、こまめに換気することが、古くから心がけられてきました。下足入れの中の湿気にも気を配っておくとよいでしょう。梅雨時期はとくに意識しておきたい点で、扉を開けて空気を入れ替える習慣も役立ちます。
庇や日よけの後付け、遮熱フィルムの利用など、建物の骨格を変えずにできる対処があります。まずは玄関まわりの熱と湿気を溜めないことが基本になり、大がかりな工事をしなくても取り組める範囲です。西日で熱を持ちやすい場所から手を付けるなど、優先順位をつけて少しずつ進めるとよいでしょう。費用をかけずに試せる対処から始めるのもひとつの方法です。