一
鬼門とは、家相で北東の方位を指して使われてきた言葉です。「鬼」という文字が使われているため、恐ろしい意味を持つ言葉のように受け取られがちですが、家相書での使われ方はそれとは少し違います。
北東の反対にあたる南西は、裏鬼門と呼ばれます。この二方位を結ぶ線は、家の間取りを見るうえで欠かせない軸として、家相書のなかで繰り返し取り上げられてきました。鬼門は常に、裏鬼門と対で語られる方位です。
古典の記述をたどると、鬼門という言葉は、その方位そのものが一律に凶である、という意味で使われているわけではありません。家の中で他の場所よりも手入れを要する、配置に注意を払うべき場所として扱われてきた、という説明が家相書には見られます。
易の八卦を方位に当てる後天定位盤では、北東に艮(ごん)の卦が配されます。丑寅の方角という呼び方とはまた別の系統から、この方位に意味を与えてきた考え方です。二つの系統がともに同じ北東という方位を指してきた点で重なっています。艮についての詳しい象意は八卦と方位で扱っています。
二
鬼門という言葉のもとをたどると、古代中国から伝わった方位についての考え方と、それを取り込んで日本で育った陰陽道という二つの流れに行き着くとされます。
北東は、十二支でいえば丑と寅のあいだにあたる方角です。鬼が牛の角と虎の皮をまとった姿で描かれるようになったのは、この丑寅という配置に由来するという説明が知られています。鬼門という呼び名そのものが、この十二支の並びから来ているというわけです。
家相として住まいに当てはめられる過程では、当時の住環境の事情も重なっていたと考えられています。日本の伝統的な木造家屋で、北東は日が差しにくく、冬は冷たい風が入りやすい方位でした。夏は朝日が早くから差し込むため、食物や水を置く場所としては傷みが早く、冷えと湿気もたまりやすい。そうした場所に火や水を扱う設備、あるいは人の出入りする場所を置けば、傷みや汚れが目立ちやすかったと考えられます。
鎌倉期の『陰陽道旧記抄』には「竈、門、井、厠、者家神也」という記述が見られ、竈・門・井戸・厠という、火と水を扱う場所、人の出入りする場所を名指ししています。江戸期の家相書は、これらの場所を鬼門・裏鬼門に忌む説を広く伝えてきました。丑寅の由来と『陰陽道旧記抄』の記述は、別々の系統でありながら、同じ北東という方位に重ねて語られてきた点で共通しています。
三
鬼門を見るときの起点になるのは、家の中心(宅心)です。宅心を基準に八方位を割り出し、その北東側にあたる区画が鬼門、南西側にあたる区画が裏鬼門にあたります。中心の取り方については家の中心(宅心)の取り方で扱っています。
家相の「三所三備」という考え方では、鬼門・裏鬼門・宅の中心の三箇所(三所)に、竈・厠・井戸の三備を重ねないほうがよいとされてきました。鬼門は、この三所の一つとして位置づけられています。三所三備そのものの詳しい説明は三所三備とはにまとめています。
玄関のような「門戸」も、三備には含まれませんが、鎌倉期の『陰陽道旧記抄』が竈・門・井・厠を並べて挙げていることから、江戸期の家相書では門戸を鬼門・裏鬼門に忌む説が別途語られてきました。北東の玄関については北東の玄関で、南西の玄関については南西の玄関で扱っています。
見方としては、方位そのものを吉凶で断じるのではなく、「その区画に何が置かれているか」を確認する、という順序になります。建物の外形が北東側で欠けている場合の読み方は、また別の観点になります。
四
現代の住宅は、断熱・気密・換気の水準が家相書の書かれた当時とは大きく異なります。鬼門が抱えていたとされる実際の不便——冷え、湿気、暗さ——は、建物の性能によってかなり解消されるようになりました。
そのうえで、いまも意味が残るとされる点を挙げるとすれば、北東は日が差し込む時間が短いため照明計画を明るめにしておくこと、冬場に外気との温度差で結露が出やすいため換気を意識しておくこと、といった説明がされることがあります。
古典が北東を「掃き清め、明るく風の通る状態に保つ」べき場所とした背景には、こうした条件への対処があったと読むこともできます。角地や旗竿地など敷地の形によって、玄関や水回りが北東に寄らざるを得ない間取りも少なくありません。方位を選べない場合に、古典の教えをそのまま重く受け止める必要はない、という読み方をする記述も見られます。
集合住宅では住戸の向きそのものを選べないことがほとんどで、玄関が共用廊下の位置で決まる例も多くあります。そうした事情も踏まえたうえで、北東という方位が抱えていたとされる不便に、現代の住宅性能でどこまで対処できているかを見ていくのが、この節の趣旨です。
五
鬼門についてよくある誤解の一つは、「北東という方位そのものが凶であり、そこを使うこと自体がいけない」という受け取り方です。ここで示した典拠をたどる限り、鬼門は方位の吉凶というより、手入れを要する場所という位置づけで語られてきました。
もう一つの誤解は、鬼門だけを気にして裏鬼門を見落とすことです。家相では北東と南西を対の軸として扱ってきたため、鬼門にあたる玄関がないからといって、裏鬼門の水回りまで大丈夫とは限りません。
また、鬼門を犯せば家のどこであっても問題になる、という受け取り方も、典拠に照らすと言い過ぎです。『陰陽道旧記抄』が名指しした対象は竈・門・井・厠に限られ、居室や納戸のような出入りの少ない場所は、同じ強さでは語られてきませんでした。
六
無料の見立てが見ている範囲
マドラバの無料の見立ては、玄関と浴室・トイレ・キッチンが鬼門(北東)・裏鬼門(南西)にあたるかどうか、そして建物外形に欠けがあるかどうかを拝見しています。鬼門・裏鬼門にまつわる方位の考え方そのものはこの記事で扱った内容が背景になり、宅心(家の中心)を基準にした位置関係の細かな判定や、他の項目との組み合わせの読み方は、完全版レポートで扱う範囲になります。
七
準備中です。まずは無料の見立てからどうぞ。
八
鎌倉期『陰陽道旧記抄』の「竈、門、井、厠、者家神也」および江戸期の家相書(松浦東鶏『家相図解』『家相大全』ほか)に見られる、門戸を鬼門・裏鬼門に忌む説
家相の「三所三備」(三所=鬼門・裏鬼門・宅の中心/三備=竈・厠・井戸)に三備を掛けないとする説。江戸期の家相書群(松浦琴鶴『家相一覧』天保四年 ほか)に見られる
易の八卦を方位に当てる考え方(後天定位盤)。北=坎、北東=艮、東=震、南東=巽、南=離、南西=坤、西=兌、北西=乾
文献名までは特定していますが、原文・頁の照合は行っていません。表記を「〜に見られる」に留めているのはそのためです。
九
家相書の内容は流派ごとに違いがあり、一つの結論に収れんしているわけではありません。古典では、鬼門はとりわけ注意して整えるべき場所とされてきた、という位置づけです。玄関の方位だけを理由に住まい選びを避けるべきだという記述は、ここで示す典拠には見当たりません。方位そのものよりも、まわりがどう保たれているかを重く見る記述も見られます。
北東は十二支で丑と寅のあいだにあたり、鬼が牛の角と虎の皮をまとった姿で描かれるようになった由来とされます。また易の後天定位盤では北東に艮(山を象徴する卦)が配され、別の系統からもこの方位に意味が重ねられてきました。当時の住まいで日が差しにくく手入れが難しかった方位だった、という事情も背景にあると考えられています。
鬼門(北東)とその対にあたる裏鬼門(南西)は、家相ではまとめて重んじられてきた組み合わせで、片方だけを確認しても十分ではないとされます。それぞれの詳しい説明は、別の記事(北東の玄関・南西の玄関)にも用意しています。
ここで示す典拠には、鬼門にあたることだけを理由に住み替えを勧める記述は見当たりません。古くは、玄関まわりや水回りを掃き清め、明るく風の通る状態に保つことが対処として心がけられてきました。建物を変えずにできる範囲の対処が、まず語られてきた内容です。